東エルベの農業問題
2.東エルベの農業問題
まず、ドイツの対ポーランド問題とも呼ばれる東エルベの農業問題が起こった原因を簡潔に述べると、肥沃な耕地と劣等な耕地の併存、独立農民と農場日雇い労働者(ユンカーの土地で働くインストロイテ)の併存、ドイツ人とポーランド人との併存が挙げられる。
劣等地では、束縛もされないが保護もされないという独立農民の方が生活は苦しいので、ドイツ人を駆逐し、ポーランド人が増加していく。
また、肥沃な耕地では、ドイツ人は自由を求めて独立農民となることが多いため、ユンカーの領主地ではポーランド人が増加していき、このことはユンカーにとってもポーランド人は賃金が低いし、住居の提供・救貧費負担などをしなくて済むから好都合であった。
つまり、ポーランド人はドイツ人よりも低い生活水準に耐え得る適応力を持っていたということである。
また、砂糖大根の栽培が増えてきたため、農業が季節産業となり、ポーランド人の出稼ぎ、すなわち季節労働が増えてきた。
